個別の神経細胞と全体集合としての脳


先日からTanaka (2009)を読んでおり, 非常に面白いので印象に残った点をまとめたい.

人間の脳は, ある程度の局所性を持っていると考えられるが, 一方で総体的なネットワークとしての全体論も現在は考慮されている. 換言すれば, 神経細胞レベルのミクロな発想と, その神経細胞が集まった全体的な振る舞いをするマクロな発想の両方が求められる.

この観点からMarr (1982)はマクロの視点の計算論を3つのレベルに分割して説明し, このそれぞれが結びつきはあるものの, 独立研究が可能だと言うことを提唱している.

以下, Tanaka (2009)の訳を用いて引用する.

個々の神経細胞の活動というミクロの視点と, 神経細胞の集合が全体として処理している計算というマクロの視点の違いを初めて明確に指摘したのが, David Marrであった(Marr, 1982). 特に, マクロの視点である計算論は, (1)どのような目的・計算を脳はなすべきか(計算理論のレベル), (2)その計算のためにはどのような表現・アルゴリズムを考えなくてはならないか(表現・アルゴリズムのレベル), そして(3)その計算が物理的実態としてどのように処理されているか(ハードウェアへの実装のレベル), という三つのレベルに分けられること, そしてこれらの三つのレベルは互いに緩やかに結びついてはいるが独立に研究できることを提唱した(Marr, 1982).

(Tanaka, 2009)

ここで重要になるのは計算論であると言うことであろう.

脳を計算装置として見たときに, こういった別の観点から分類分けができるのは, 言語だけを見ている際には得られない知見であると考える.

参考文献

  • 田中宏和. (2009). 計算論的神経科学のすすめ: 脳機能の理解に向けた最適化理論のアプローチ. 物性研究, 93(2), 143-229.
  • Marr, D. (1982). Vision. San Francisco: W. H. Freeman.

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