シミュレーションの限界
以前の投稿で構成論的な研究についてまとめた. 構成論的アプローチを用いた研究とは, 端的に言えば, 理解したい対象をコンピュータシミュレーションなどで再現し, それを通じて理解を深める研究である. この研究手法は, 言語発生のような再現不可能で一度限りの不可逆的な現象を対象とする場合に有効であると紹介した.
一方で, 構成論的研究に対する批判も当然存在する. Hauser et al. (2014) は, シミュレーションの条件設定に対して疑問を提起している. 構成論的研究では, コミュニケーションの成功度などを適応度として扱い, 言語を学習する個体がより高い生殖成功を持つと仮定することが多い. しかし, 実際の言語現象を観察すると, この仮定にそぐわない例も少なくない.
例えば, 二つの子音や母音の区別が失われる音素の統合 (phonemic merger) がその一例である. 北米英語の多くの方言地域では「cot」と「caught」の母音が同一になりつつある. 音素の統合は, 定義上, 単語間の区別を消失させ, コミュニケーションの曖昧さを増大させる. これはコミュニケーションの成功率を低下させる現象であり, 構成論的研究における仮定とは異なる.
参考文献
- Hauser, M. D., Yang, C., Berwick, R. C., Tattersall, I., Ryan, M. J., Watumull, J., … & Lewontin, R. C. (2014). The mystery of language evolution. Frontiers in psychology, 5, 401.