分散形態論(Distributed Morphology, DM)について
分散形態論(Distributed Morphology, DM)という理論がある. 今回はこの分散形態論をAbdullahi (2019)を参考にまとめたい.
分散形態論とは, 語と句を同一の生成メカニズムで扱おうとする点に特徴がある理論である. 従来の辞書主義(lexicalism)では, 語形成は統語論とは独立した辞書的要素によって担われると考えられていた. しかし分散形態論においては, 語の内部構造も句と同様に統語構造で生成され, その後のポスト統語操作で必要な音韻的要素を付与する「遅延挿入」などが行われるのである.
具体的には, 語を形作る最小単位(抽象的な形態素)に音韻情報が最初から含まれているわけではなく, 統語構造が完成した段階で語彙項目が挿入される. これにより, 統語論と形態論が一体化し, 単語と句の境界を厳格に分けずに言語現象を説明できる利点が生まれる. また, ポスト統語操作として「融合(fusion)」「分裂(fission)」「貧困化(impoverishment)」「線形化(linearization)」などが想定されるが, これらの操作によって単語内部での語形変化や音韻的実現を詳細に扱えるのがDMの強みである.
ハウサ語の例では, 単語の複数形形成や男女の区別が具体的に示されている. たとえば単数形と複数形で語幹内部が変化するような場合にも, 分散形態論の枠組みを用いると, まず統語構造に抽象的な形態素を配置し, 後から語尾や音韻形を挿入することで分析が可能になる. こうしたプロセスでは, 複数形を表す要素が複数の位置に分裂(fission)して実現するなど, 従来の辞書主義では説明しにくい現象をより整合的に取り扱うことができるのである.
このように分散形態論は, 形態論と統語論の区分を再考し, 単一の生成システムで語形成から句形成までを扱うことで, 言語の多様な形態現象を捉えようとする理論である. 特にポスト統語操作の概念を導入することで, 複雑な語の内部構造や音韻的変化を柔軟に説明可能である点が, DMの顕著な特徴と言える.
参考文献
- Muhammad, Abdullahi. (2019). What is Distributed Morphology?. Macrolinguistics. 7. 45-56. 10.26478/ja2019.7.10.3.