レキシコンが先行し, 後にシンタクスが発生した?
以前の投稿で, 原型言語 (Protolanguage) という概念について述べた. 原型言語とは, 我々現生人類の祖先が用いていたと考えられる原始的な言語能力を指す. 原型言語を考察する際に重要な観点となるのが, レキシコン (lexicon) と シンタクス (syntax) という2つの分別である.
この分別に基づき, 原型言語の研究は主に2つの立場に分かれる. 一つは 合成的 (compositional) であったとする立場, もう一つは 一語文的 (holophrastic) であったとする立場である. 今回は, 合成的であったとする立場について, Fujita (2022) を参考にまとめる.
合成的であったとする立場の要点は, 原型言語には「原語 (proto-word)」と呼ばれる離散的な単語が存在し, それらを組み合わせて表現を形成していたという考え方である. 各原語の意味は, 組み合わせによって合成的に新たな意味を生み出したとされる.
この発想をさらに発展させたものとして, 語彙的原型言語説(Lexical Protolanguage Hypothesis) が提案されている. この説では, 原型言語の構成要素は 語彙範疇 (名詞や動詞など) のみに限定され, 機能範疇 (時制, 限定詞, 補文標識など) は存在しなかったとされる.
語彙的原型言語説に基づけば, 原型言語の表現は文脈依存的であり, 「いまここ」の状況に基づいた解釈が中心だったであろうと考えられる.
参考文献
- 遊佐典昭(編),杉崎鉱司,小野 創,藤田耕司,田中伸一,池内正幸,谷 明信,尾崎久男,米倉 綽. (シリーズ監修 西原哲雄, 福田稔, 早瀬尚子, 谷口一美). (2018). 言語の獲得・進化・変化―心理言語学,進化言語学,歴史言語学 (言語研究と言語学の進展シリーズ3). 開拓社.
- 藤田遥. (2022). 人間言語の漸進進化モデルの構築―レキシコンの成立過程を中心に―.