理論言語学の実践的な応用
理論系の学問は、その理論を現実にどう適用するかを考える必要がある.理論言語学も例外ではなく、近年の脳科学の発達により、脳の高度な観察と文法能力の関連性について検討することが可能になってきた.こうした背景を踏まえ、理論言語学を実践的に応用する試みが進展している.その一例として、痕跡削除仮説(Trace Deletion Hypothesis: TDH)が提唱されている.
痕跡削除仮説は、ブローカ野の損傷に関連する失語症である失文法において、文法的痕跡を認識する能力が失われる現象を説明するものである.特に、失文法患者が受動態の文を処理する際に、動作主と目的語を正しく区別できないことを指摘する.例えば、「John was chased by Mary」という文では、本来動作主である「Mary」を理解できず、「John」を動作主と誤解してしまうことがある.この仮説は、文法構造の認識が脳の特定の領域と密接に関連していることを示唆しており、言語学的失語症学における研究の一環として、言語理解と脳機能の関係を探る重要な枠組みである.
加えて、ここで述べられる仮説は、理論言語学の痕跡理論に基づいていることは言うまでもない.
参考文献
- 畠山雄二.(2019). 理論言語学史