主要部はNかDか
生成文法は半世紀以上にわたり, 理論の精緻化が進められてきた. その過程でDP仮説というものが提案された.
DP仮説とは, 名詞句(Noun Phrase)の主要部(head)を名詞(N)ではなく決定詞(Determiner, 以下D)に置くという統語理論上の主張である. 従来のXバー理論の枠組みでは名詞句をNPとみなし, 冠詞や所有表現は名詞を修飾する要素として扱われてきた. しかし, Abney (1987) はこれを転換し, 「英語の名詞句は統語的にはDを頂点とし, その下位にNPが従属する階層構造を持つ」と提案した. たとえば, 英語で a book, the house といった表現を考えると, a/the といった限定詞(冠詞)が文法上, 句を統括する主要部として振る舞うことが想定される.
これは動詞句におけるCP(補文標示)などとの平行性を意識したもので, 節(CP)の構造を名詞句に応用しようという発想である. 具体的には, Dの位置に所有格や限定詞, 場合によっては指示詞が位置し, 名詞や形容詞はその下に配置される形をとる. 結果として, 限定詞そのものが「名詞句全体の文法的特徴を担う主要部」と見なされ, 名詞に従属する修飾語はDの選択によって分布や構造が規定されるという見取り図が得られる.
こうしたDP仮説は, 動詞句との構造的類似性を強調するだけでなく, 限定詞や冠詞の存在を根拠に, 名詞句内部の統語的振る舞いを説明する一貫した方法と位置づけられてきた.
参考文献
- Salzmann, M., (2020) “The NP vs. DP debate. Why previous arguments are inconclusive and what a good argument could look like. Evidence from agreement with hybrid nouns”, Glossa: a journal of general linguistics 5(1): 83. doi: https://doi.org/10.5334/gjgl.1123
- Abney, Steven. 1987. The English noun phrase in its sentential aspect. Cambridge MA: MIT dissertation.