日本語にもWH移動があった?
英語では、wh- 疑問文を生成する際にその疑問詞を文の先頭に移動させるWh-movementと呼ばれるというものが生成文法では想定されている.例を示す.
(1)
a. John gave the book to Mary.
b. Which book did John give to Mary?
これを見てみると分かる通り,平叙文では元々は目的語の位置にあるはずの要素を、文の最初に移動させている.これがWh-movementと呼ばれる現象である.
他方,現代日本語ではWh-movementは起きない.これらの差異は生成文法内では,パラメーターの差異として説明されることが多い.例を見てみよう.
(2)
ジョンはメアリーに本を渡した.
ジョンはメアリーにどの本を渡した?
しかし,Watanabe (2003)は万葉集を引用し,その時代にはWh-movementが存在していたという分析を展開している.
(7)と(8)に万葉集における歌番号とともにその例文を示す。
(7)...何をかも み狩の人の 折りてかざさむ (1974)
(8)...いづくゆか 妹が 入り来て夢に見えつる (3117)
「何をかも」や「いづくゆか」が問題のWH句で、下線部が主語である。このような語順の制約は現代日本語には見られないものだが、句構造と移動という生成文法のメカニズムで分析すると、これはすなわち万葉集の時代にはWH移動が存在していたということになる。
>(Watanabe 2003)
これは非常に興味深い分析である.また,Watanabe (2003)はこの後に平安時代中期には,Wh-movementが消失していることも指摘している.
この分析は, 日本語の統語変化を生成文法の観点から説明しようとする試みであり, 非常に興味深い. 私は日本語史の専門家ではないが, 生成文法の枠組みを歴史的変化の研究に応用することは, 言語のダイナミクスを理解する上で有益な視点を提供すると考える.
参考文献
- 渡辺明. (2003). 言語現象における進化的側面−−− 生成文法の立場から. Viva origino, 31(2), 98-103.