ATB と呼ばれる現象
言語学には, Across-the-Board movement(ATB)と呼ばれる現象が存在する. これは一つの要素が「and」などで等位接続された複数の構造から, 一度に抜き出される現象のことである. この現象は, 一つの要素が一つの位置からしか移動できないとする従来の統語理論の制約(例:等位構造制約, CSC)に対する例外として, 長年研究されてきた.
具体的には, 下記のような例がある.
a. Which book does [Peter like _ ] and [Susan hate _].
b. * Which book does [Peter like _ ] and [Susan hate Moby Dick]?
c. * Which book does [Peter like Moby Dick] and [Susan hate _]?
(De Vries, 2017, p. 1)
aの文では, [Peter like _ ]という節と[Susan hate _]という節が, andによって等位接続されている. ここで注目すべきは, likeとhateの共通の目的語であるbookが, 両方の節から一度に抜き出され, 文頭に配置されている点である.
他方で, (b)や(c)のように, 接続された節の片方にのみ目的語が存在する場合, 同様の操作を行っても文は成立せず非文となる. この(b)や(c)が非文となることこそが従来の統語理論の制約(等位構造制約)が働いている証拠であり, それにもかかわらずaの文が成立することがこの現象の興味深い点である.
この不思議な現象をどう説明するかについては, 全ての構造から要素が対称的に移動すると考える説や, 一つの構造から移動し他では省略が起きるといった非対称的な派生を考える説など様々な議論が交わされており, 非常に興味深い.
参考文献
- De Vries, M. (2017). Across‐the‐board phenomena. The Wiley Blackwell Companion to Syntax, Second Edition, 1-31.