言葉と世界
ヴィトゲンシュタインの有名な言葉に, 次のようなものがある.
The limits of my language mean the limits of my world.
(Wittgenstein, 1922, p. 74)
直訳すれば, 「私の言語の限界は私の世界の限界を意味する」といったところであるが, この言葉は「言語」というのがそもそも何なのかという問いを, 改めて思い出させてくれると私は思う.
もちろん, 人間は知らないことに対しては考えたりすることはできない. そのため, ある程度のもの(例えば語彙のようなもの)は必要になるし, 語彙に関しては個人差が生まれるため, その意味で個人的な限界と捉えることもできるであろう.
他方, 文法の能力はもし生得的であるのならば, それは, そもそもの言語能力の限界と捉えられるだろう.
つまり, 本質的に我々が持っている言語能力には限界があり, そのため世界に対する認識にも限界が生まれるというものである.
他方, これは言語だけではなく, 人間の認知システム全般にも言えることである. 例えば, 我々人間の目には見えない波長の光というものも存在しているし, 我々の耳には聞こえない音域の音というものも存在している.
その中で, 言語がこのように代表的に語られるのは非常に興味深いものである.
参考文献
- Wittgenstein, L. (1922). Tractatus logico-philosophicus (B. Russell, Intro.). Kegan Paul, Trench, Trubner & Co.