言語的な直感と理論
言語学において「言語的直感 (linguistic intuition)」という概念が用いられる. これは, その言語使用が正しいか否かを直感的に判断できる能力を指すものである. 例えば, 日本語を母語(第一言語)とする話者であれば, 次の3つの文のうち, 2つは適格であり, もう1つは不適格であることを直感的に理解できる.
a. 彼は山田さんだ.
b. 彼が山田さんだ.
c. *彼を山田さんだ.
これら3つの文は, 「は」「が」「を」という助詞の違いのみで構成されている. 一見, 助詞という一文字の違いに過ぎないように思われるが, 日本語話者は即座にcの文がおかしいと判断することができる. この能力こそが, 言語的直感と呼ばれるものである.
一方で, 「直感」という語には主観的な要素が含まれるため, 科学的な厳密性と相反するものとみなされる場合がある. しかし, この点に関して端的に説明している文章を学んだ.
強調しておきたいのは, 直感に頼るということは決して通常言われる科学的厳密性からの撤退ではない. 「直感」にいう語は「判断」の別語であり, そこには何の神秘的, あるいは非科学的含蓄もない.
(中略)
我々はThey are flying planesという文は両義的であると判断し(と言っても, この文が実際に使われる個々の場合には, 片方の読みにしか気が付かないであろうが), 言語学者はなぜこの文が両義的になるのかを説明する言語能力理論を組み立てようと努力する, というだけの話なのである.
(Imai et al., 2019)
このように, 直感は言語の理解において基盤的な役割を果たしており, その背後にある理論を構築することが科学的な営みであると言える. もちろん, 直感の正確性や妥当性を検証することが困難であるという課題は存在する. それでもなお, この直感に基づいて理論化を試みることが, 生成文法の理論が担う重要な役割であると言えるだろう.
参考文献
- 今井, 中島, 西山 & 外池. (2019). チョムスキーの言語理論: その出発点から最新理論まで.