フェイズは不可侵である
現在,生成文法の最新の研究方針であるMinimalist Programでは「Phase impenetrability condition/PIC」が仮定されている.PICとは,簡単にいえば「ある位相(phase)が完了してインターフェイスへ送られた後は,その位相の内部領域にある要素が次の位相以降では操作対象にならない」という原理である.たとえば動詞句vPや節CPが「強いフェイズ」に該当するとされ,それらの補部は一度スペルアウトされると,上位の構造からアクセスできない.しかしフェイズの端(エッジ)となる領域に移動すれば,そこからさらに上位へ抜け出すことが可能となる.実際,wh移動や焦点化などの操作は,中間的なスペックを経由することで継続される.PICはBarriers理論の着想を引き継ぎ,計算負荷の軽減とインターフェイス条件への配慮を狙って再提案された側面がある.一方で,エッジ領域の定義や補部の不可侵性についての技術的課題も議論の的になっている.たとえば,すでにスペルアウトされた要素をどのように活用するのかといった点である.それでもなお,段階的なスペルアウトによる局所性の維持と計算効率の両立を実現しようとするPICの試みは引き続き注目されている.その一方で,PICはTやVといった「弱いフェイズ」には適用されにくく,これらが実際にどの程度局所性に関わるのかについては依然として議論が絶えない.また,スペルアウトがどのタイミングで行われ,その後どの程度互いに干渉できるのかという点も大きな検討項目である.このように,PICは移動の局所性およびスペルアウトの循環的適用を兼ね備えた仕組みといえる.
参考文献
- Boeckx, C., & Grohmann, K. (2004). Barriers and phases: Forward to the past. Tools in Linguistic Theory, 16-18.