2種類のTypeの文法への批判
先日の投稿でMiyagawa et al. (2013)の統合理論(Integration Theory)を紹介し, その中でTypeEシステムとTypeLシステムという2種類の文法をまとめた. 確かに, この理論は進化的な観点からの連続性を考慮しているが, 問題点もある. 同紙上討論でNaritaはこの仮説に対して以下のような問題提起を行っている.
- 併合理論との対立:
チョムスキーの「併合(Merge)」理論では, すべての言語構造が単一の演算によって生成される. しかし, 尾島らは動詞句にTypeL文法, それ以上の領域にTypeE文法を仮定し, 併合理論の統一性を否定する. このアプローチは「オッカムの剃刀」に反し, 言語理論を複雑化させるため, 理論的に後退である.
- 有限状態文法の限界:
人間言語には有限状態文法では取り扱えない「入れ子型依存関係」が多く存在する. 尾島らの主張は, この基本的事実を無視しており, 文脈自由文法の生成力が必要な言語の特性を十分に説明できないため, 無理がある.
- 進化的対応の不明確さ:
TypeL文法とTypeE文法を動物のコミュニケーションに対応させる主張は, 具体的な進化的根拠が示されておらず, 説得力に欠ける. 鳥の歌などに対して人間言語と同等の抽象的同一性を見出す必要があるが, その定義が不明確である.
- 有限状態文法の組み合わせの誤り:
2つの有限状態文法を組み合わせて文脈自由文法以上の生成力を得るという主張は, 数学的に証明された有限状態言語の特性に反しており, 循環論法に陥っている. この問題点には数学的根拠が欠如している.
1の指摘に関してはチョムスキーの理論の正当性という問題はあるが, 概ね正しい指摘であると考えられる. 特に, 3に関しては私も疑問に思っていたところであり, この点についての深い研究が必要である.
参考文献
- Miyagawa, S., Berwick, R. C., & Okanoya, K. (2013). The emergence of hierarchical structure in human language. Frontiers in psychology, 4, 40804.
- 尾島司郎, 宮川繁, 岡ノ谷一夫, 成田広樹, 飯島和樹, & 酒井邦嘉. (2014). 紙上討論 人間以外の動物に文法は使えるのか?. BRAIN and NERVE, 66(3), 273-281.