チョムスキーにとっての言語観について 2


以前の投稿で、チョムスキーの生成文法を理解することが難しい理由の1つは、チョムスキー独特の言語観にあるのではないかと述べた。

とりわけ言語が存在しないかもしれないと言う一節は言語学を行っている身からするとかなり衝撃的な一節である。

しかし、 この1節もちゃんと聞いてみれば、なるほど、確かに一理あると思わせるような内容である。

今回はそんな 誤解を解くチョムスキーの考え方を引用しておきたい。

In colloquial usage we say that German is one language and Dutch another, but some dialects of German are more similar to Dutch dialects than to other, more remote dialects of German.
(Chomsky 1980: 217)
「日常的な用法では、私たちはドイツ語は1つの言語であり、オランダ語は別の言語だと言いますが、ドイツ語の一部の方言は他のより遠い方言よりもオランダ語の方言により似ている場合があります。」

こう聞くと確かにと思わせる部分は見えてくる。

オランダ語やドイツ語と言うのはそれぞれ言語と言えるだろう。 しかし、その区分は非常に政治的なものであり、言語の本質を示しているとは言えないと考えることもできる。すると、チョムスキーの言うように言語が存在しないと言うような考え方にもつなげることができる。

これがチョムスキーの言語観だ。

参考文献

  • Chomsky, N. (1980). Rules and Representations. Columbia University Press
  • Araki, N. (2017). Chomsky’s I-language and E-language. 広島工業大学紀要. 研究編, 51, 17-24.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です