言語と文化の相関関係
我々は言語, 特に自分の母語以外の言語を見たときに, 「この言語は複雑な言語だ」, もしくは「この言語は複雑ではない言語だ」というように感じるときがあるかもしれない.
特に自分の母語以外の言語は, どうしても習得の難しさから複雑に思えてしまう点があるが, それは別の母語話者から自分の母語を見たときに, おそらく同様に感じられているものであろう.
この言語の複雑性という評価をより発展させていくと, たまにある言説に出会う. それは, 言語の複雑さが文化の複雑さなどを反映しているというような言説である.
しかし, それはそんな単純な話ではないというのが現実であろう. 次の一節を見てみたい.
Adapting Pinker’s words to our example above, we can say that there are ergative languages and accusative languages, but there are no ergative cultures and accusative cultures.
(Mendívil-Giró, 2018, p. 6)
この一節では, 能格言語や対格言語は確かに存在するかもしれないが, 能格文化や対格文化は存在しないと言っている.
確かにその通りの内容だと思われる. つまり, 能格言語や対格言語のような文法類型と, 特定の文化類型が対応しているとは必ずしも限らない.
参考文献
- Mendívil-Giró, J.-L. (2018). Why don’t languages adapt to their environment? Frontiers in Communication, 3, Article 24. https://doi.org/10.3389/fcomm.2018.00024