人類の未来の続き.今回はレイ・カーツワイルの章について読んだ感想をまとめたい.
人類の未来―AI、経済、民主主義 (NHK出版新書 513)
NHK出版
売り上げランキング: 19,475
レイ・カーツワイル
レイ・カーツワイルは,流行りのシンギュラリティという言葉を作り出した本人である.
この本では,技術の進歩とこの世界の未来の関係を軸としてインタビューが進められている.5つのトピックはこちら.
- 「シンギュラリティ」の背景
- 医療・エネルギー・環境問題の未来
- コンピュータによる知能の獲得
- 人類進化と幸福の意味
- テクノロジーの光と影
このインタビューはどのトピックも非常に面白かった.その中で1ー4のトピックについて言及したい.
「シンギュラリティ」の背景
まず,基本のシンギュラリティについての外観である.カーツワイル氏はシンギュラリティにとって最も重要な概念は情報技術の 「指数関数的成長の力 ( power of exponential growth)であると説いている.これは前回の投稿でも書いたが,情報技術は線型的ではなく指数関数的な進歩をするというものである.
カーツワイル氏は脳がある理由は未来を予測するためと考えている.そして,脳が進化してきた太古の昔は多くのことが線型で動いていたという.なるほど,例えば食料となる動物を見つけたとして,その動物の移動距離は速さと時間に比例する.つまり線型のグラフに則った移動を行う.
そのため,我々の脳は線型で物事を予測するようにできているとカーツワイル氏は主張する.しかし,現在の情報技術の進歩は指数関数的に動いている.この差を認識するかによって,これからの未来予測は大きく異なるということである.そして,この指数関数的な予測に従えば,2029年にコンピュータは全ての分野において人間の能力を超えるだろうと主張している.
さらに,これは性能だけでなくサイズなどにも適応される.最初のコンピュータと言われているENIACが部屋全体のサイズだったことを考えると,ポケットに収まる現在はやはり指数関数的な進化によって発達してきたと言える.そして,今後さらに小さくなり赤血球ほどの大きさになるとカーツワイル氏は言う.そうなれば神経系に直接繋がることもでき,人間はクラウドに作られた人工的な新皮質を手に入れられる.その時,人類の知能は10億倍に成長し今までとは比べられない飛躍を遂げることになる.これがシンギュラリティだ.
医療・エネルギー・環境問題の未来
カーツワイル氏はこういったテクノロジーは医療にも応用できると考えてる.それはヒトゲノムプロジェクトが起こした転換のおかげだ.この指摘は非常に興味深い.我々の身体をどう扱うかは情報をどう扱うかという問題に近しくなっているということだ.
ヒトゲノム ・プロジェクトがやったのは 、生命のソフトウェアを明らかにしたということです 。二〇〇三年に人間のソフトウェアがすべて明らかにされた 。ただし 、コ ードは明らかにされたけれども 、これらがどのように働いているのかは 、まだ理解できていません 。ただ根本的には 、 (生命というのは )情報プロセスの過程だと言えるでしょう 。これを機に 、健康と医療は 、情報テクノロジ ーの問題に転換されたのです 。
そして,近い将来にある分岐点を迎えるとしている.それは研究の速度がある早さを超える点だ.
「長寿脱出原理 ( Longevity escape philosophy )」と呼んでいますが 、バイオテクノロジ ーの加速度的な発達によって 、寿命を一年延ばすために必要な研究期間が 、一年よりも短くなっていきます 。
理論上,この原理が実現すれば人は寿命では死ななくなるということだ.
そして最終的には医療ナノロボットが実用化されるという.この一連の流れが人類の死亡率を劇的に下げるとカーツワイル氏は考えている.
コンピュータによる知能の獲得
カーツワイル氏は脳科学がある程度の成熟が認められるとした上で,知能というものをこのように説明している.
私自身は 「限られたリソ ースを使って問題を解決する能力 」というように理解しています 。限りあるリソ ースの一つは時間です 。最適なチェスの指し手を考えるのに一〇〇万年かかっていたら 、それは知能が高いとは言えない 。 「短時間で適切な判断ができて問題を解決できる能力 」は 、 「知能 」と言えるでしょう 。
この定義の元,インタビューは行われた.
カーツワイル氏は,AIの開発史は大人のタスク,すなわち専門的な知識を用いた領域特定的タスクから成功したと考えている.例として,医療診療などにおける,症状から病気を判断するタスクを挙げている.確かにこれは専門的な知識を用いた領域特定的タスクと言えるし,現在のコンピュータが得意とすることの1つだ.
他方,子供でもできるシンプルなタスク,例えば犬と猫の区別というのはコンピュータは苦手としていた.しかし,現在はそういったタスクも可能になりつつある.
つまり,AIは領域特定的タスクから一般的なタスクに対応する形で発展してきたと言える.
その発展を可能にしてきたのが,デジタルで表現されたデータ群であり,最新のAIと呼ばれる技術である.この最新のAI技術(ニューラルネットワークを用いたマシンラーニングなど)と知能について,カーツワイル氏はこのようにコメントする.
樹に何枚の葉がついているかというようなことに注意を払わないで 、その状況を分析して 、重要なことだけにフォ ーカスする 。それが知能のエッセンスでしょう 。マシーンもそれができるようになってきています 。
この文言から推測するに,カーツワイル氏はコンピュータも知能を獲得すると考えているように思われる.
人類進化と幸福の意味
この章でまず面白いのは人間は自身のバックアップを作成することができるようになるという主張だ.
進化にはいくつかの進化があり,我々の人生に影響があるのは,文化やテクノロジーの進化だとカーツワイル氏は言う.
進化にはいくつかあります 。生物の進化もその一つですし 、文化やテクノロジ ーの進化ということもあります 。その中で 、われわれの生涯に最も大きな影響があるのは 、生物進化ではなく 、文化やテクノロジ ーの進化のほうです 。
そして,このテクノロジーの進化によって我々の身体は無機物に置き換えれていくと言う.実際にスマートフォンは我々の体内に取り込まれてはいないが,もはや体の一部と言ってもいいほど離さない人もいる.そのスマートフォンはバックアップを有している.もし,我々の身体における無機物の割合が増えていけば,それは自身のバックアップへとつながっていくはずだ. という考えである.
また,別の話題「進化には目的があるか」という話の中で,面白い話をしている.
「超越 」というのが 、進化の目的の一部だと考えています 。進化には様々なステ ージがあるわけで 、われわれは情報を符号化 (デ ータ化 )できる宇宙にいます 。情報を符号化できることが 、進化にとって必須条件となります 。符号化できれば進化の過程が可能になる 。符号化するというのはすなわち 、操作したりコピ ーを作ったりしてそれを伝えていくことができるようになる 、ということです 。
なるほど,面白い.しかし私が気になるのは,「超越」というのが 、進化の目的の一部なのか?「超越」してきた歴史を我々は「進化」と呼んでいるのではないだろうか?という点である.鶏卵論争の一種のようにも思えるが,この点について私は疑問を感じた.
インタビューは「こういった議論を踏まえてこれが幸せにつながるのか?」という話に移る.ここでカーツワイル氏は「マズローのヒエラルキー」を用いて,テクノロジーの重要性を説いていた.テクノロジーの進化が人間の欲求を押し上げてきたのだ.
こうした主張から推測するに,テクノロジーの発展は人類の発展に寄与するとカーツワイル氏は考えていることが見て取れる.
まとめ
この本は本当に思索に富んでいて興味深い.特にカーツワイル氏はシンギュラリティの提唱者として第一線で活躍されている方だ.説明の際に用いるメタファーも洗練されていて分かりやすい.大変勉強になるインタビューであった.
人類の未来―AI、経済、民主主義 (NHK出版新書 513)
NHK出版
売り上げランキング: 19,475