今回は経済学部生だった時の知識を活かして、お金も言語であるという考えを述べてみたいと思う。

まず、お金とは何か?という問いから話を始めたいと思う。私の知識では、お金とは債権と債務の記録である。例えば我々が大好きな福沢諭吉の一万円札、あれはなんであろうか?答えは我々の債権であり、日本銀行の債務である。この話は別の機会に詳しく話そうと思う。

ともかく、この場ではお金とは債権と債務の記録であると認識して頂きたい。さて、記録であるということはどういうことか?それはつまり情報(Infirmation)であるということだ。だからこそ、IT革命は新しいお金の形態である暗号通貨(CryptCurrency)を生み出せたのだと考えている。

そして、言語の本質も情報だ。このことから私はお金も言語であるという考えを持つに至った。しかし、ただの言語なら我々が普段用いている日本語や英語のような言語で事足りるはずだ。では、経済的な役割を抜きにしてお金という言語に何か役割はあるだろうか?私はお金の言語としての役割は価値(Value)を共有可能にしてくれる点にあると考えている。

例えば、我々は「お茶が好き」「コーヒーが好き」と言うことができる。しかし、どのくらい好きかを相手に伝えるのはなかなか骨が折れる。なぜなら「お茶が大大大大好きなんだ」「コーヒーよりお茶の方が10倍好きだね」と言ったところで相手に伝わることはあまり無いであろうから。

しかし、ここでこういう状況を想定してみたらどうだろう。お茶が大好きなあなたは今カフェに来た。何か飲み物を頼まなくてはならない。メニューはお茶かコーヒーの二択しかない。という状況だ。

もし、この2つの値段が両方とも100円なら、あなたはお茶を頼むであろう。しかし、ここでお茶が500円・コーヒーが100円だったらどうだろう?それでも、あなたはお茶が好きだからお茶を頼んだとすると「私はコーヒーの5倍はお茶が好きだ」ということができる。もしお茶が1000円・コーヒーが100円だったら、あなたは流石にコーヒーにするかもしれない。そうすると「私はコーヒーの10倍はお茶が好きではない」ということになる。

これはあなたがお茶に対してどのくらい価値(Value)があると思っているかを綺麗に説明してくれている。このまま、お茶が600円の時は?700円の時は?という質問を繰り返していけば

、最終的にあなたがお茶にいくらまで払うかを一円単位まで測定することができる。つまり、あなたがコーヒーよりお茶のことを何倍好きなのかを正確な数で相手に伝えることができるのだ。

お金が価値(Value)を共有可能にしてくれるというのはこういうことである。

 

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