刺激の貧困
以前の投稿でもたびたび生成文法が想定している言語獲得の大きな問題として, 「Poverty of Stimulus (刺激の貧困) 」を挙げてきた. 今回はこの「刺激の貧困」を改めて, Chomsky (2002) から見てみたい.
the precise study of fragments of adult knowledge of language quickly underscored the existence of “poverty of stimulus” situations: the adult knowledge of language is largely underdetermined by the linguistic data normally available to the child,
(Chomsky, 2002, p. 5)
ここで非常に興味深いのは, 大人の言語知識は, 子どもが通常触れることのできる言語データだけでは, 到底決定づけられない (underdetermined) と述べている点である. これこそが問題の出発点であり, だからこそ人間には生得的な言語能力が備わっているという話につながっていく.
他方, 生成文法以外の学派などは, この部分を批判することで, 生得的な言語能力の不要性を唱えている. つまり, このインプットの量を十分とみなすか不十分とみなすかで, 理論の根幹が変わってくる. だからこそ, この部分は理論言語学の世界においても非常に重要な論点となってくる.
参考文献
- Chomsky, N. (2002). On nature and language (A. Belletti & L. Rizzi, Eds.). Cambridge University Press.